昭和天皇が亡くなった1989年1月7日|崩御の真相と改元劇の全記録

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崩御後に宮内庁医師団から公表された昭和天皇の死因は、十二指腸乳頭部がん(腺がん)でした。病変から生じた消化管出血によるショックが直接的な引き金となったとされています。

昭和天皇の闘病は、1987年(昭和62年)9月の開腹手術から本格化していました。当時は「慢性膵炎」と発表され、本人への告知はもちろん、国民に対しても「がん」という正確な病名は伏せられ続けました。これは当時の医療現場におけるインフォームド・コンセントのあり方や、社会的影響の大きさを考慮した宮内庁医師団の判断によるものでした。

1988年(昭和63年)9月19日深夜、昭和天皇は大量の吐血をされ、容態が急変します。この日を境に、大手メディアによる前代未聞の連日の容態報道がスタートしました。NHKをはじめとする各局は、毎日のニュースで体温、脈拍、血圧、輸血量といったバイタルサインを詳細に報道。皇居をはじめ全国各地に設けられた記帳所には、雨の日も風の日も長蛇の列ができ、記帳者の総数は数カ月間で数百万人に達しました。

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