安倍晋三の知られざる若き日々 成蹊大と製鋼所時代に見せた素顔
株式会社神戸製鋼所での3年間は、短くも濃密だった。加古川製鉄所での現場研修を経て東京本社の輸出部門に配属された安倍は、パイプや鋼材の営業担当として海外クライアントや国内の下請け業者との折衝に奔走した。
納期に追われ、クレーム処理に頭を下げ、夜は上司や同僚と居酒屋で語り合う。このサラリーマン経験が、彼に「普通の人々の生活感覚」を骨の髄まで叩き込んだ。観念的な議論に逃げず、利害が対立する人間同士の落としどころを泥臭く見つけ出すリアリズムは、この製鋼所時代に養われたと言える。
後に総理大臣として打ち出した経済政策や産業政策の背景には、つねに鉄鋼業界のリアルな現場感覚と、ものづくりに携わる人々への深い敬意が存在していた。